ショートストーリー
ある朝の<1>

彼の朝は早い。

常温で保管しているペットボトルの水を、お気に入りのガラスのコップに注ぎ一息に飲み干して、デスクに向かう。

緑色の薄く口当たりの優しいコップの感触がまだ残っている。彼は再びそれを楽しむためか、潤しきれなかった喉を湿らすためなのか自分でも分からなかったが、とにかくもう一度コップを口に運んだ。

目覚めるとすぐにデスクに向かうのは彼が健康的だからなのではなく、頭の中に常にクライアントから依頼された建物のことがあるからだ。

ベッドに入り眠りにつくまで彼は自分が設計している建物の中にいる。

そこで日々の生活を送る人、仕事に取り組む人、悲しみにくれる人や幸せに満ち溢れている人など、その建物に関係する様々な人になり、設計中の建物で過ごす。ときには小学生になって、学校の中を駆け廻ることもある。そうすることで自分の設計の良い点、悪い点が見えてくる。改善しなければならないところ、今のままでも良いかもしれないがもう一つ深く思考すればもっと良くなりそうなところが分かってくる。夢の中で、実際に暗礁に乗り上げている設計上の課題が解決したこともある。

彼は設計中の建物をより良くするために、ベッドから出てお気に入りの緑のコップとともにデスクに向かうのだ。

建築家という人種は厄介なものだ、彼は自嘲気味に思う。

恋人と美術館に行っても、展示品ではなく、建物ばかり見ている。カフェに座ってもテーブルの厚みを確かめて、フレンチに行けばレストルームの設えを値踏みしている。どこにいても常に壁や家具を触っているので決まって恋人に嫌な顔をされる。建築家あるあるってやつだ。

今朝は初めてのクライアントとの打合せだから、最近買ったばかりのいわゆる勝負服のジャケットを着ていた。コーヒーメーカーのトグルスイッチを上げ、今日最初のインターホンが鳴るのを待った。

ある朝の<2>