住宅設計の流儀

公共建築は基本的に不特定多数の方のために設計します。
今ココにいない誰かのために、想いが届くように。
遠い将来、その施設を使っている人たちのために。

例えば、公衆トイレ。一度しか使わない人、複数回使う人、もしかすると毎日使う人もいるかも知れません。
例えば、保育園。市長や打合せを重ねる役所の担当者のために設計するわけではもちろんありませんし、そうであってはいけません。
その建物を実際に使用する、先生や園児のために、そして将来の先生、まだこの世に誕生すらしていない未来の園児たちのために設計しなければなりません。

雑賀崎クアトロトイレット
和歌山市立芦原認定こども園

一転して住宅設計は、今、自分の目の前にいる人のために設計します。
あなたのためだけに全身全霊魂を込めて。
文字通り、一球入魂なわけです。

私は住宅の設計をするときはよく、そこに住む人の写真を見ながらプランを練ります。自分の頭の中の住宅にその家族が住んでいることをイメージして、モニター越しに会話し、相談しながら図面を進めていきます。
10年後のこと、20年後のことを画面越しに写真のお施主様と相談しています。
お腹の中の子が誕生したら…。子どもが進学して他府県に行ったら…。孫を連れて帰ってきたら…。いろんなことをオハナシします。
ときには、建てるのやめようか、という結論に至るときもあります。笑

そうしていると、今風に言うならゾーンに入るときがあります。もっと今風に言うなら全集中でしょうか。
そんなときは、いよいよ実際に対面しての打合せのときに、すでに何回か繰り返したやり取りを再現している気になります。
図面を見た相手の反応に対しても、
(そうそう、そう言うよね。で、つぎは多分、だんなさんがこういうよね。)
と思うときさえもあります。

公共建築と違い、反応がその場でダイレクトに返ってくるのでとても楽しいです。

『機能が優れていて、強く、美しい。』
これらの3つは、建築するうえで、どれも欠けてはいけないものです。
流行り廃りに左右されるのではなく、家族の数だけある住まいのあり方を設計図というカタチにして、10年後、20年後のその家族、その建物をイメージして世に送り出したいと日々考えています。